英語(外国語)の勉強で文法事項をないがしろにしてはいけない理由!

grasser-51701_1920

今回は、英語の学習においてなぜ『文法』をないがしろにしてはいけないかをまとめていきたいと思います。これは、オンライン英会話を勉強する際にも覚えておいていただきたいことで、これを忘れてしまうと、英語の学習スピードががくっと落ちることとなります。

スポンサーリンク

英語学習プロセスに対する勘違い

世の中には、様々な英語学習法が出回っています。聞き流すだけで英語が話せるようになる、とにかくたくさん英語を話しまくれば英語は上手くなる、英語脳を作らなくてはいけない、などなどです。

正直、私は専門家ではありませんので、これらに対し個人的な見解を述べることはできますが、別に私の意見が正しいという確証もありません。ですので、この記事に書いてあることはあくまで『一個人の考え』として捕えていただけたらと思います。

まず、外国語を習得する方法に関してですが、これは人によって様々です。言語の学習プロセスや方法は、それこそ多くのデータをもとに『どうやらこのようなやり方が良いだろう』という説は唱えられていますが、脳は機械ではなく、我々の言語習得プロセスもまた1+1=2のように簡単に計算できるものではなく、あくまで漠然とした説と多くの経験によって支えられているだけです。

日本式のいわゆる『文法重視型』の英語勉強法が否定されがちですが、私はこの方法はこの方法で、あながち日本という特殊な環境には適した勉強法だと考えています。我々は、当面英語が話せないからと言って飢えて死ぬ国に生きているわけではないですし、付け焼刃の会話力よりは将来的に応用のきく文法力を育てることは、まあまあ理には適っていると思います。

その対極に、とにかく海外に生活して、外国語を聞きまくり、話しまくれ、文法なんて二の次だ、という説もあります。これはこれで、私はアリだと思います(海外でそれだけ長い期間滞在できる余裕があれば、ですが)。

ただし、この『英語をたくさん聞きまくり、話しまくれ』理論が極端になると『文法なんて放っておいていい!』という理論が生まれるようになり、そうなると、これには私も多少首をかしげます。この『文法なんて放っておいていい』理論を唱える人は、そもそも、その国で育った子供たちは文法なんて勉強しなくても、その国の言葉がペラペラじゃないか、という説に依拠しています。

さらにこの理論が極端に行くと『浴びるように英語を聞けばなんとかなる理論(CD聞き流し等)』や『英語を話しまくればなんとかなる理論(オンライン英会話のフリートーク等)』が生まれるようになってきます。さて、果たしてこれらの説は正しいのでしょうか?

極端な文法軽視が間違っている理由

私の個人的な意見では、これらの意見は間違っています。まず、幼年期の子供と我々とでは脳の作りが違うので、すでに成人してしまった我々が、ただ話すだけ演習を繰り返しても、その上達スピードは幼児と比べてはるかに遅いはずです。確かに、子供たちは文法を勉強せずともその言語を習得することができますが、それは彼らの脳がスポンジのように周囲の言語を吸収し、毎日毎日浴びるほど言葉を聞き、また口ずさむからです。

一方で、そういった環境に日本人である我々はありません(すくなくとも日本にいる間には)。オンライン英会話でたくさんレッスンを受講しても、せいぜい1日1~2時間が限界でしょうし、それではこの『たくさん聞いて、たくさん話す』練習法が使えません。

(※ここで注意ですが、決してこれらのメソッド(オンライン英会話のフリートークなど)が、決して悪いわけではありません。『これらだけを行う』と効率が悪い、と言っており、その他のメソッドと組み合わせて『話す』『聞く』『読む』『書く』を総合的にやるべきだ、というわけです。)

ここで、勉強の効率化をすすめるために『文法』が登場します。さて、なぜ文法は英語の勉強に必要なのでしょうか。

言語の勉強に文法が必要な理由

ちなみに、私は必ずしも文法が必要、とは思いません。恐らく、幕末期にロシアに流ついた日本人や、アユタヤで頑張ったサムライ、遣唐使の人々は、現代のように洗練された文法事項などほとんど知らなかったはずですが、彼らはちゃんと現地でやっていけています。

ただ、彼らが文法を知っていれば、もう少し早く、言語を理解できていたとも、私は思います。例えば、以下のドイツ語の文章を見てみましょう。

Ich komme aus Japan.(私は日本から来た)
Morgen kommt er in die Uni.(明日、彼は大学に来る)

Kommenはドイツ語で『来る(英語のcome)』を意味しており、ドイツ語では、基本的に文章の二番目に動詞が置かれる決まりです。最初の文章では主語である『Ich(私)』が文頭に来ているにもかかわらず、二番目の文章では『Morgen(明日)』が文頭にきていますが、これは『2番目さえ動詞であれば、副詞と主語のどちらが先に来ても良い』というルールに従っているのです。

これらは、たくさんのドイツ語の文章を読んだり、聞いたりすれば、確かに多くの情報を元になんとなく『ああ、二番目が動詞なんだな』と推測することは可能です。

ただ、いくつもの事象から帰納法的に『ドイツ語の2番目は動詞』というルールを自ら見つけ出すよりも、文法の教科書を読んで『ドイツ語の2番目は動詞』というルールを教えてもらった方が圧倒的に早いです。それが、私が文法が言語習得に必要だという理由です。必須ではありませんが、明らかに、知っていた方が言語の習得が早いのです。

言語の勉強の仕方なんて人それぞれですし、どれが正しいのかなんて分かりません。一応、私はこの『文法』+『実践』の理論を応用して、ドイツ語と英語以外にも2外国語習得し、今は全部で4.5カ国語話せますが(1言語は習得中)、ネット上であればいくらでも嘘はつけますし、信ぴょう性には乏しいです。

ですので、もし本当に言語の、もしくは英語の正しい勉強方法を知りたいのであれば、顔の見えないネットの情報や、商業的な広告などよりも、身近な人で、複数言語話せる人を見つけて来て、どうやって勉強したのか聞いてみた方がいいと思います(小さいころ海外にいた、とか親が外国人、とかはちょっとずるいですが)。

身近な複数言語習得者に尋ねれば、恐らくほとんどの人が『文法の重要性』を語ると思います。もちろん、それだけでは話せるようにはならないので『文法』+『演習』です。これが、私が考える言語習得の王道で、最も効率的なやり方です。

スポンサーリンク

コメントを残す



このページの先頭へ